鉄の10倍の強度がありながら重さは4分の1と軽いのが炭素繊維だ。

航空機の機体などに採用されているが、実は日本のメーカー3社で世界市場シェアの7割を占める。生産コストの高さが普及の壁だったが、今年に入り生産コストの大幅低減に道を開く研究成果が出てきた。2020年前後には自動車向けに本格採用が進みそうで、炭素繊維が身近な素材となるのもそう遠くない未来となりそうだ。

■新製法では生産性が10倍に向上

「炭素繊維を現状の半値にできるくらいのポテンシャルがある」。

東京大学大学院工学系研究科の影山和郎教授は胸を張る。東レ、帝人子会社の東邦テナックス、三菱レイヨンの炭素繊維メーカーや産業技術総合研究所と取り組んできた新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで「革新的」な炭素繊維の生産技術を開発したと1月に発表した。

炭素繊維は原料となる特殊なアクリル繊維を焼いて炭化させて製造する。いきなりセ氏1000度を超える高温で焼くと燃え尽きるため、最初に200~300度で蒸し焼きにする。この「耐炎化」工程は時間がかかるうえ温度管理が難しく、炭素繊維の生産性向上の最大の壁となっていた。

新製法はアクリル繊維を改質し特殊な加工を施すことで「耐炎化」工程を経なくとも、繊維の炭化が可能という。

◇現在1キロ25ドル前後

従来法では1ライン当たり年産2000トンが限界とされていたが、新製法では生産性を10倍に向上できる。セーターなどの衣料用に使う安価なアクリル繊維も原料に使えるため、原料費も大幅に安くなる。まだ量産化段階ではないが、生産時のエネルギーや原料費を半減させ、理論的には現在1キロ25ドル前後の炭素繊維価格も半分程度に下げることが可能となる。

◇航空機の主要部材へ使える可能性も

新製法で作る炭素繊維は引っ張り弾性率が240ギガ(ギガは10億)パスカル、伸度1.5%と、自動車や風車のブレード(羽根)など一般の産業用途で利用可能な高い性能も持つ。航空機向けも翼を支える小骨となるリブ部品など補強材には使えるレベルだが「今後、性能をさらに高めれば航空機の主要部材へ使える可能性もある」(影山教授)。

工業製品に使う場合は合成樹脂と組み合わせての利用がほとんどだ。複合部材の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)の量産化に向けた加工技術の開発も加速している。

名古屋大学ナショナルコンポジットセンター(NCC)は、トヨタ自動車やホンダなど自動車や炭素繊維メーカーなどと共同で自動車部材に使うCFRPの開発に取り組む。炭素繊維を切断しながら合成樹脂と混ぜ合わせ、押し出した素材をプレス成型する連続工程で生産する。「年産10万台の量産車で採用できる生産性の向上をめざす」(石川隆司・名古屋大学特任教授)

◇熱可塑性樹脂だと約1分間で成型可能

使う合成樹脂に熱を加えると柔らかくなる熱可塑性樹脂を使うのが特徴だ。CFRPは航空機や自動車向けに熱を加えて固める熱硬化樹脂を使った加工技術が確立している。ただ航空機向けの部材では6~7時間、自動車向けの部材の最新技術でも硬化までに5~10分ほど時間がかかるとされる。熱可塑性樹脂だと約1分間で成型が可能となり生産性が大きく向上する。

NCCは既に1.4メートル×1.4メートルの床材(フロアパネル)や2メートルを超える側面部材(サイドシル)を完成させた。床材は十数キログラム程度と、鉄で同様の部材を作れば30~40キログラムの重さになるのと比べ大幅に軽い。CFRPが普及すれば、最終的に車体全体の7割程度に使われる可能性がある。車両重量が100キログラム減れば、走行1キロメートル当たりの二酸化炭素(CO2)排出量が約20グラム減らせるとされ、大幅な燃費向上やCO2排出量の削減につながる。

■「産業としてまだまだ黎明期」

◇量産車の素材として使われる可能性

CFRPを量産車の部材に使うには1キログラム1000円が目安とされる。現在の炭素繊維を原料とするCFRPでは2倍以上かかる。「炭素繊維が半値になれば量産車の素材として使われる可能性は十分ある」(石川教授)

◇ボーイングから1兆円を超す受注

炭素繊維や複合材料の新加工技術は確立しつつあるが、量産化には課題も多い。炭素繊維の世界需要は6万トンほどで、15億トンを超える世界の鉄鋼需要との差は圧倒的だ。「産業としてまだまだ黎明(れいめい)期にある」(繊維大手)が、成長は著しい。東レが米ボーイングから1兆円を超す案件を受注するなど、航空機向けの需要は堅調だ。メーカー各社は既存法での増産投資を進めており、投資コストの回収にも時間がかかる。「今は価格よりも安定供給が重視されている。売り手市場でメーカー側の意思決定が物を言う」(関係者)との声もある。高く売れているのに、あえてコストと価格を下げる必要がないわけだ。新製法で年産数万トン単位を生産するにはあと20年以上かかるとの見方もある。

◇欧州CO2排出量95グラム規制

ただ近い将来、世界的な環境規制の強化を背景に自動車向けの需要が急速に高まることが予想される。欧州では21年に走行距離1キロメートル当たりのCO2排出量を95グラム未満にする規制が始まる。現行比で約2割の排出量削減が必要で、燃費改善に向けた車体の軽量化が避けられない。中国でも20年に100キロメートル当たりの燃料消費量を5リットルと現在から3割減らす燃費規制の導入が見込まれる。17、18年の次期モデルから利用拡大が進み、20年前後ではさらに大きな需要が見込まれる。(日経160707)