2 放射線防護の基礎知識を学ぼう
@被曝線量とその単位
ものの重さは「秤(はかり)」、長さは「ものさし」、体積は「升(ます)」あるいは時間は「時計」といった道具を使って正しく測ることができます。
それなら、放射線によって被曝した量、すなわち被曝線量はどんな道具を使って測ればよいのでしょうか。この場合には「道具」というより「尺度」あるいは「基準」と呼んだ方がわかりやすいと思いますが、被曝線量を測る尺度として最初に考え出されたのが「吸収線量」です。
吸収線量は、物質1キログラム当たり放射線のエネルギーをどのくらい吸収したか、によって決められている尺度です。物質1キログラム当たりに吸収された放射線のエネルギーが大きければ大きいほど、その物質の受ける放射線の影響は大きくなりますから、被曝線量を測定する尺度として吸収線量が最初に考え出されたのは至極当然のことだといわなければなりません。吸収線量の単位はグレイ、単位記号はGyで、物質1キログラム当たり1ジュールの放射線のエネルギーを吸収したときの吸収線量を1グレイといいます。
1(グレイ)=1(ジュール/キログラム)
吸収線量はどのような物質に対しても適用できる便利な被曝線量の尺度ですが、人体に対する放射線のいろいろな影響を考える場合、吸収線量では不十分であることがわかっています。たとえば、吸収線量が同じ1グレイであっても、中性子という放射線で1グレイ被曝した場合とガンマ線で1グレイ被曝した場合とでは、人体が放射線によって受けるダメージは中性子線の方がガンマ線よりずっと大きいのです。
そこで、たとえ同一の吸収線量であっても、放射線の種類やエネルギーの違いなどによって人体の受ける放射線の影響の程度が異なることを考慮して、被曝線量を測る尺度として新たに考え出されたのが「線量当量」です。線量当量は、放射線の種類とエネルギーによって決まる「線質係数」という補正係数と、その他の修正係数とを、吸収線量にかけ算して求めたものです。もっとも、その他の修正係数は必ずしも十分によくわかっているわけではないので、現在は、この値を1.0とすることにしています。「その他の修正係数を1.0とする」というと難解なように聞こえるかもしれませんが、わかりやすく表現すれば、要するに修正しないということです。
(線量当量)=(吸収線量)×(線質係数)×(その他の修正係数)
(線量当量)=(吸収線量)×(線質係数)×1.0
したがって、線量当量の値が同じならば、どのような種類の放射線であろうと、またどのようなエネルギーの放射線であろうと、人体の受ける放射線の影響は同じであると見なすことができます。線量当量の単位はシーベルト(シートベルトではありません!)、単位記号はSvです。
(シーベルト)=(グレイ)×(線質係数)×1.0
なお、吸収線量の旧単位はラド、線量当量の旧単位はレムです。現単位のグレイやシーベルトが使われるようになったのはそんなに古いことではないので、少し古い論文や本などにはきっと旧単位が使われていることと思います。旧単位を現単位に換算するときは、次のようにして下さい。
1(ラド)=0.01(グレイ)
1(レム)=0.01(シーベルト)
いずれにしても、放射線に被曝した人がどのような影響を受けるかということを測る最良の尺度は線量当量ですから、宇宙線に起因する航空機乗務員の被曝の問題も、常に線量当量で考えていく必要があります。
| 放射線の種類とエネルギーの範囲 | 線質係数 |
|---|---|
| ガンマ線およびエックス線,すべてのエネルギー | 1 |
| 電子およびミュー粒子,すべてのエネルギー | 1 |
| 中性子, エネルギーが 10keV未満のもの | 5 |
| 〃 10keV以上100keVまで | 10 |
| 〃 100keVを超え 2MeVまで | 20 |
| 〃 2MeVを超え20MeVまで | 10 |
| 〃 20MeVを超えるもの | 5 |
| 反跳陽子以外の陽子,エネルギーが2MeVを超えるもの | 5 |
| アルファ粒子,核分裂片,重原子核 | 20 |
A放射線被曝の形式
ひとくちに放射線被曝といっても、その形式にはいろいろあります。
体外被曝と体内被曝
体外にある放射線によって被曝することを「体外被曝」または「外部被曝」、体内に取り込んだ放射性物質の放射線によって被曝することを「体内被曝」または「内部被曝」と呼んでいます。
放射線の発生源を「線源」といいますが、体外被曝の場合、人体と線源とのあいだに鉛やコンクリートなどの遮蔽物を置いたり(遮蔽する)、人体と線源とのあいだの距離を十分にとったり(距離をとる)、線源に接する時間を短くすれば(時間を短くする)、被曝線量を低く抑えることができます。すなわち、体外被曝の防護は、「遮蔽」、「距離」、「時間」という三つの因子をうまく工夫することが原則です。それで、この原則を「体外被曝防護三原則」と呼んでいます。
しかし、体内被曝の場合は、すでに放射性物質が体内に取り込まれているので、体外被曝防護三原則のようなうまい防護手段はありません。体内被曝を防護する最良の手段は、放射性物質を体内に取り込まないことであるといえます。
ところで、宇宙線に起因する航空機乗務員の放射線被曝はいうまでもなく体外被曝ですが、前述した体外被曝防護三原則のうち、「遮蔽」の因子はあまり有効ではないと私は思います。なぜなら、ふんだんに遮蔽物を使うことは航空機の機体がかなり重くなることになるので、実際には実施できないのではないかと思うからです。
これに対して、「距離」と「時間」の因子はそれなりに有効であると私は思います。線源からの距離を十分にとることは、宇宙線の強い高空飛行を避けて宇宙線の弱い低空飛行を実施することを意味します。『原子放射線の影響に関する国連科学委員会報告書』(1982年)によれば、緯度によっても異なりますが、高度1万2000メートルでの線量当量率は4.93マイクロシーベルト/時、高度1万メートルでの線量当量率は2.88マイクロシーベルト/時であるといいます。したがって、国際線の航空機の飛行高度を1万2000メートルから1万メートルに下げるだけで、約40%も線量率を低くすることができます。もっとも、国際線の航空機の飛行高度を極短距離路線なみに下げることはできないでしょうから、「距離」の因子の有効性はこのくらいが限度だと思いますが‥‥‥。
それから、飛行時間を短くすること、これが「時間」の因子です。年間800時間飛んでいたのを700時間に下げれば、その他の飛行条件が同じであるならば、1年間あたりの被曝線量は確実に8分の7に減少するはずです。したがって、宇宙線に起因する航空機乗務員の放射線被曝の問題は、航空機乗務員の労働条件の改善の問題と深くかかわる問題であることに注意していただきたいと思います。
急性被曝と慢性被曝
短時間に放射線被曝することを「急性被曝」、長期間にわたって放射線被曝することを「慢性被曝」と呼んでいます。急性被曝の代表的な例は、広島・長崎の原爆被爆者や1986年4月のチェルノブイリ原発事故直後に消火活動にあたって放射線被曝した消防士などの場合です。慢性被曝の代表的な例は、原子力発電発電所の労働者、放射線科の医師や診療放射線技師、私のように放射性物質を長年取り扱っている研究者などの場合です。
ところで、放射線被曝によって生じた細胞のダメージは細胞内の修復酵素の働きによって修復され、もとの健全な細胞にもどることもあります。この効果は、急性被曝よりも慢性被曝の方が大きいことがわかっています。たとえば、線量当量が同じ1シーベルトであっても、わずか1秒間で1シーベルト被曝した場合と1年間で1シーベルト被曝した場合とでは、人体が放射線によって受けるダメージは急性被曝の方が慢性被曝よりずっと大きいのです。これを「線量率効果」と呼んでいます。2@のところで、線質係数以外の「その他の修正係数」について触れましたが、この線量率効果も「その他の修正係数」として考慮されるべきもののひとつです。しかし、線量率効果については現在でも十分によくわかっているわけではないので、放射線防護の立場からは急性被曝の場合も慢性被曝の場合も、線量当量が同じならば放射線被曝によって受ける人体の影響は同じであると見なすことにしています。
全身被曝と局所被曝
全身が放射線被曝することを「全身被曝」、人体の一部が放射線被曝することを「局所被曝」と呼んでいます。
人体を構成している組織・臓器には、放射線被曝による影響を非常に受けやすい組織・臓器、影響を非常に受けにくい組織・臓器、あるいはその中間くらいの影響を受ける組織・臓器と、いろいろあります。専門家は放射線被曝による影響の受けやすさを「放射線感受性」といい、影響を受けやすいことを放射線感受性が高い、影響を受けにくいことを放射線感受性が低い、と表現しています。
一般的にいえば、細胞分裂を行って新しい細胞を次つぎにつくり出している組織・臓器、たとえば血液をつくっている造血臓器や、卵子や精子をつくっている生殖腺などが、放射線感受性の高い組織・臓器であるといえます。これに対して、筋肉、骨、神経組織などのように、細胞分裂をほとんど行わない組織・臓器は、放射線感受性が低いと考えられています。全身被曝の場合には、放射線感受性の高い組織・臓器を含めて全身が放射線によって被曝するため、局所被曝の場合より放射線による影響が大きいといえます。
宇宙線に起因する航空機乗務員の放射線被曝を、放射線被曝の形式によって整理すると、体外被曝、慢性被曝、全身被曝であるということができます。
| 放射線感受性 | 組織・臓器 |
|---|---|
| 非常に高い | リンパ組織 造血組織(骨髄、胸腺、脾臓) 生殖腺(卵巣、精巣)、粘膜 |
| 比較的高い | 唾液腺、毛のう、汗腺、皮脂腺 |
| 中程度 | 肺、腎臓、副腎、肝臓、膵臓、甲状腺 |
| 低い | 筋肉、軟骨、骨、神経組織 |
B放射線障害の分類
放射線被曝によって生じる影響のうち、医療上の治療の対象になる影響を「放射線障害」といいます。
放射線障害は医学的な観点から「身体的影響」と「遺伝的影響」に分類することができます。身体的影響とは放射線被曝した本人に現れる障害のことであり、遺伝的影響とは放射線被曝した人の子孫に現れる障害のことです。
放射線被曝してからのち症状が現れるまでの期間を「潜伏期」といいますが、潜伏期の長さによって、身体的影響は「早期障害」と「晩発性障害」に分類することができます。早期障害は放射線被曝ののち数週間以内に症状が現れる放射線障害のことであり、また晩発性障害は放射線被曝ののち数週間を超えてから症状が現れる放射線障害のことです。早期障害には皮膚障害、脱毛、白血球の減少などの造血臓器の障害、生殖腺の障害(不妊)などがあり、晩発性障害にはガン、白内障(目の水晶体が白濁することによって生じる視力障害)、胎児の障害、寿命短縮などがあります。
一方、放射線障害は放射線防護の立場からは「非確率的影響」と「確率的影響」に分類することができます。非確率的影響は、最近では「確定的影響」と呼ばれることもあります。
非確率的影響は、線量当量がある限界値(しきい値)を超えると誰にでも症状が現れ、限界値以下では誰でも症状が現れないような障害で、線量当量が大きくなるにつれて障害の症状が重くなるタイプの障害です。非確率的影響には、早期
| 種類 | 線量に依存するもの | しきい値 | 典型型 |
|---|---|---|---|
| 非確率的影響 | 障害の症状の重さ | ある | 皮膚障害、不妊、奇形など |
| 確率的影響<?TD> | 障害の発生確率 | ない | 発ガン、遺伝的影響 |
障害と、ガンを除く晩発性障害が含まれます。なお、表4からわかるように、非確率的影響のしきい値は障害の種類によってかなり異なります。しかし、かなり異なるとはいえ、表4のなかでしきい値が最も小さな非確率的影響である胎児の奇形発生の場合でも100ミリシーベルトですから、事故などでかなりの放射線被曝をしない限り、通常は非確率的影響が問題になることはないと考えてよいと思います。
確率的影響は、限界線量が存在しないと考えられ、どんなに低い線量当量でもそれなりの発生確率で障害が現れ、線量当量が大きくなるにつれて障害の発生確率が大きくなるタイプの障害です。確率的影響には、ガンと遺伝的影響が含まれます。
確率的影響は「宝くじ的影響ともいわれています。宝くじは、たくさん購った人ほど当選する確率が高くなります。これと同じように、たくさん放射線被曝したほど当選する確率が高くなるのが確率的影響です。もっとも、宝くじの場合は当選すればすばらしい景品がもらえますが、確率的影響の場合は当選するとガンや遺伝的影響といった、とんでもない景品をもらうことになります。
| 影響 | しきい値 |
|---|---|
| 白血球減少 | 250 ミリシーベルト |
| 悪心、嘔吐 | 1 シーベルト |
| 皮膚の紅斑 | 3 シーベルト |
| 脱毛 | 3 シーベルト |
| 無月経、不妊 | 3 シーベルト |
| 胎児の奇形発生 | 100 ミリシーベルト |
| 胎児の発育不全 | 1 シーベルト |
| 白内障 | 15 シーベルト |
| 皮膚の潰瘍 | 20 シーベルト |

しかし、宝くじと確率的影響では決定的に異なる点があります。宝くじは抽選が終って当落が決まると、落選者は落選者のままであり絶対に景品をもらえません。ところが確率的影響では、生涯のあいだに何回も不定期的に抽選が行われ、過去の抽選で落選した人であっても、次の抽選で当選することがあり得るのです。つまり、ひとたび放射線被曝すると、将来ガンになったり、子孫に遺伝的影響が発生しないとは絶対に言い切れないのです。この点が確率的影響の大変にやっかいな点であるといってよいと思います。
放射線障害の分類で整理すると、宇宙線に起因する航空機乗務員の放射線被曝にともなう健康上の問題というのは、非確率的影響の問題では絶対になく、ガンや遺伝的影響といった確率的影響の問題であるといえます。
C確率的影響の発生確率 1シーベルトの放射線被曝をしたとき、生涯のあいだにどのくらいの発生確率でガンや遺伝的影響が現れるのでしょうか。国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告によれば、致死的なガンと重篤な遺伝的影響の発生確率は、表5に示した値であるといいます。一般人と作業者集団で値が少し異なるのは、一
───────────────────────────────
致死的ガンの発生確率(10−2/シーベルト)
組織・臓器 ──────────────────────
一 般 人 作 業 者
───────────────────────────────
膀 胱 0.30 0.24
骨 髄 0.50 0.40
骨表面 0.05 0.04
乳 房 0.20 0.16
結 腸 0.85 0.68
肝 臓 0.15 0.12
肺 0.85 0.68
食 道 0.30 0.24
卵 巣 0.10 0.08
皮 膚 0.02 0.02
胃 1.10 0.88
甲状腺 0.08 0.06
残りの組織・臓器 0.50 0.40
───────────────────────────────
合 計 5.00 4.00
───────────────────────────────
重篤な遺伝的影響の発生確率(10−2/シーベルト)
───────────────────────────────
生殖腺 1.00 0.60
───────────────────────────────
般人には生まれたばかりの赤ん坊から100歳を超える「きんさんぎんさん」のような高齢者まで、さまざまな年齢の人びとが含まれているからです。作業者集団とは放射性物質や放射線を職業的に取り扱っている人びと、たとえば原子力発電所の労働者、放射線科の医師や診療放射線技師などの医療従事者、放射性物質や放射線を取り扱っている研究者などで、年齢の範囲は一般人の場合よりも狭く、20〜60歳くらいです。
なお、1シーベルトの放射線被曝をしたときに生涯のあいだに生じる致死的なガンと重篤な遺伝的影響の発生確率の値は、それを評価する組織や個人、あるいは同じ組織や個人であっても評価する時期によって、かなり異なります。評価する組織や個人によって値が異なるのは仕方がないとしても、評価する時期によって異なるのはおかしい、と思う人がいるかもしれません。しかし、一般的にいって、新しい科学的知見が得られた結果として、これまでの評価値の見直しが行われ、より正確な評価値が得られることなど、至極当然のことです。
放射線被曝によって生じる致死的なガンと重篤な遺伝的影響に関する知見は、どんどん人体実験をやって確かめることのできない領域であるだけに、わからないことがまだまだたくさんあります。したがって、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告にある、1シーベルト当たりの致死的なガンと重篤な遺伝的影響の発生確率の値は固定的・確定的な値だと見るべきではありません。実際は、この値の何倍も高いかもしれませんし、場合によってはこの値の何分の1ということもあり得ます。もっとも、いろいろな組織や個人の評価値を見る限り、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告の値は最も低い評価値に属しますから、将来この値の何分の1かに修正されることはないだろうと私自身は思っています。