第一章 航空機事故調査のあり方について
戦後初めての旅客機の事故は、日本航空の木星号の墜落事故であった。この事故の原因については、管制ミス(当時管制を行っていたのはアメリカ軍)、あるいは軍用機との空中衝突などいろいろな噂が聞かれたが結論は曖昧なままになっている。
次にジェット化されて初めての事故として注目された、全日空B-727型機の東京湾事故についても、事故原因については木村秀正氏を団長とする事故調査団は原因不明としたにもかかわらず、同事故調査団のメンバーであった山名正夫氏は「最後の三十秒」と題する著書で、事故原因はグランドスポイラーの空中での作動が原因で右側のエンジンが失速状態になり激しいバックファイヤーを起こして、乗客も異常に気づき不安な状態になり、ロザリオを首にかけたりするものもみられる中、激しいダッチロールを伴いながら接水した。と科学的に証拠を示して明らかにした。
これに対して木村団長は全く反論はしていない。
戦後の国産旅客機の事故として注目された、松山沖YS−11事故についても、事故調査団は原因不明としたが、航空関係者の間では左プロペラの一枚のブレードが離れて発見され左プロペラの羽(ブレード)が後方に曲がっており、推力を出していなかった事実からプロペラの異常と信じられている。
石垣島、B-737型機オーバーラン事故、中標津YS-11型機事故、などいずれも事故調の調査結果については、航空関係者から理解が得られていない。
このように見てくると、これまでの日本での航空機事故原因の調査は、ほとんどまともに行われていないともいえる状態である。
航空機事故はいろいろな意味で政治的な影響が大きく、利害関係も対立しやすい条件を持っている。このような点から航空労働者らは事故によってこのような対立や時には紛争に巻き込まれる危険性さえある。事実これまでに事故に関する調査や事情聴取に伴って自殺した乗員や運輸省関係者も発生している。このように航空労働者らは本人の意志にかかわらず、何時このような事故の当事者になるかもしれない立場にある。
従って航空機事故の調査については良く点検し事実を知っていなければならない。
航空の安全を向上させるためにも、真の事故原因を明らかにし、真の事故原因に基づいて安全対策を実行させなければならない。それは乗客・国民に対する航空関係者に課せられた責任ともいえよう。
「
事故調査委員会の行う事故調査は、航空事故の原因を究明するための調査を的確に行い、航空事故の防止に寄与することを目的とする。したがって、航空事故調査は、的確に行われることが必要である。
的確な調査とは、第一に、公正な調査であることであり、第二に、適切確実な調査であることであるが、特に公正な調査であることが重要である。
公正かつ適切、確実な調査は、事故調査に当たる者が何らの予断を持つことなく、行う調査であることを要する。予断の排除は、原因の究明、推定原因の決定の際はもちろん、資料の収集、関係者からの報告または陳述の聴取等、事故調査すべての過程において、公正かつ、適切、確実な調査のための必須の要件である。
特に調査に当たって、事故の原因あるいは認定されるべき事実について、ある予断を持ち、この予断の筋書きに適合するように、資料を収集し、利用し、事実を認定するようなことは、絶対にあってはならない。」
戦後の重大な旅客機事故のうち、木星号、全日空Bー727東京湾事故、YS−11松山沖事故等はいずれも原因不明として処理されている。そのほかの事故調により原因が出された事故についても航空関係者の間では納得出来る事故調査は極めて少ない。最近の事故についてみると、
花巻空港で1993年4月18日に発生した日本エアシステム(JAS)のDC−9型機が強い横風の中、滑走路にたたきつけられるように接地し右脚と前車輪を損傷し、火災が発生した事故(資料1)については、翌19日には「運輸省では、運航規程に違反して、副操縦士が操縦していたことが、今回の事故につながって可能性が高いとみて,JASに早急な対策をもとめる。」との報道がみられ事故調よりも大きな規模の運輸省全体が予断だけで行動している。
その後93年10月2日には、事故調は一部の新聞に情報を流し(資料1ー2)、上下方向の風の測定データーも示さずに、下降気流がなかったと断定、その上、失速速度よりも大きい速度で、しかも機首が少し下がって接地しているにもかかわらず、失速したなどと、パイロットミスの予断を世間に植え付けるための宣伝を行っている。このようなナンセンスとしか言い様のない情報を一部マスコミに流すやり方は123便の時と全く同じである。
特に、花巻事故のDCー9型機はハードランディング事故が世界的に多く発生している機体で、空力的な特性に強い疑問が持たれている。このような点を検討する能力を日本の事故調に求めるのは、無理かも知れないが、航空の安全のためには、政治的な予断に基づく辻褄あわせのような作文でなく、もっと積極的に科学的な原因の追究が求められている。
山口真弘氏の著書によれば、この様な予断にもとづく調査は少なくとも絶対にあってはならないことである。
この事故は、1990年3月24日発生した、キャセイ航空のL1011型機の成田空港での横風の中での着陸事故に類似している(資料2)。
このキャセイ航空の事故は、230度/14ノット・最大26ノット(風速約8〜15メートル)という風の中、成田の滑走路16に着陸しようとしたが、60フィートの高度を過ぎたところで急激に機体が沈下し滑走路にたたきつけられるように接地し2秒間ほどバウンドし滑走したが、左翼付け根付近を損傷し燃料漏れをおこし、強い風の中緊急脱出を行ったが、風のために脱出用のスライドが吹き上げられ、右側4カ所のドアのうち3カ所が使用不能となってしまった。
このスライドは設計上21.7ノット(約12m/sec)の風にしか耐えられず、事故当時の23ノット(約12m/sec)の風には当然のように一カ所を除いて使用不能となった。その結果、283人の乗客中65人が重軽傷を負った。
この事故について日本の事故調査委員会は「機長のデクラブ(機首方向を滑走路の方向に一致させる操作)操作が適切に行われていれば、ハード・ランディングには至らなかったと考えられるが、複雑な風の変化に低高度で遭遇したものであり、機長がそれに対応した的確な操作ができなかったことはやむを得なかったものと考えられる。」と述べたのみで、再発防止については全くふれなかった。
現在の高速旅客機は高速での性能を良くするために後退角のある主翼を採用している。しかし、後退角は低速での横風にはロール(左右の傾き)の安定が悪くなり、デクラブしたときに風下側の翼が下がる傾向が強い。
横風に弱いのは高速旅客機の弱点でありこの種の事故を避けるためには、突風を含んだ横風の中では離着陸をさける以外に適切な方法がない。そのためにアメリカではウィンド・シヤー(突風など風の急変)を検知するレーダーの設置を進めている。あるいは、横風にならないように方向を変えて滑走路を増設するしかない。日本の事故調査委員会はこの点について積極的な改善策は採らなかった。
このキャセイ航空の事故では、風のために脱出用のスライドが4カ所のうち3カ所までが使用できなくなっている。キャセイ航空の事故では、大量の燃料が漏れてにもかかわらず、幸い火災が発生しなっかたが、火災が発生していたら乗客は果たしてどれだけの損害を受けたであろうか?
21ノットまでしか耐えられない脱出装置で、それ以上の強風の吹く中で離着陸する事の問題はないのか、同種事故再発防止の観点から事故調はすべき事があったのではないだろうか?
今回の花巻DC−9事故でも、脚が破損せずにすべてスライドを使って脱出していたとしたらスライドは風に耐えられたのか疑問である。
このように同種事故は繰り返されている。これは事故調査が的確に行われず、日本の事故調査体制が事故防止に役立っていないことを示している。
引き続き発生した全日空のB747ー400型機事故は雨の降る中、羽田空港に到着しスポットインする直前に機内に煙が充満し、緊急脱出を行った。煙の原因は補助動力装置(APU)からのもので、在来型のB747であれば処置ができるものであったが、航空機関士の乗務していないー400型機では処置ができない種類のものであった(資料3)。
問題は、緊急脱出に関するもので、雨に濡れた脱出用スライドで乗客は滑り、投げ出され、ぶつかり、490人の搭乗者中、121人のけが人を出した。
この事故の以前に、ノースウエスト航空の同型機が、エンジン異常のため成田空港に緊急着陸した後、火災が大きくなり緊急脱出を行ったが、接地後も与圧が抜けず(一般に・・事故機ではコンピューターによって作動するように設計されている・・地上に車輪が着くと、ティルトと呼ばれる車輪のトラックの角度が変わり、機体は地上モードに切り替えられ、与圧装置の圧力調整弁が自動的に開放され与圧をなくすように作られている)客室内の気圧が高く、ドアーが直ぐには開放できなかったためにパニックになり、その上、脱出用のスライドに泡沫消火液がかかり、乗客が滑り、激突し294人中 47人の乗客がけがをしている(資料 4)。
この事故について事故調はー400型機の与圧装置の問題点や緊急脱出の危険性については現在に至るも全く指摘していない。
さらに最新鋭機としてこれから導入される マクダネル・ダグラス社製の MD−11型機については、型式証明を取得するための緊急脱出のデモンストレーションで重傷者を含む多数のけが人を出し、最終的にはスライドでの脱出をやめ、機体のドアへ水平な渡り廊下のようなものをつけて脱出テストを行い、それを連邦航空局が承認した状態になっている。
この事実は、現状では膨張式スライドによる脱出が危険なものであることを認めたもので、緊急脱出装置の改善を勧告あるいは提言が必要な状況にあることを物語っている。今後らさらに運航コストの安い超大型機の開発が計画されているが、その中に乗るのは人間であり、現状の膨張式のスライドでは不十分なことは明らかであり、何らかの改善が必要である。
いざというときに現在の規程で定められている90秒以内の脱出と言う安全を保障する意味のない数字よりもっと早く安全に脱出できるか、火災などの時には90秒間位は安全に乗客を守れる程度に丈夫な機体、あるいは機内火災に対する有効な設備・機材の改善を事故調としても勧告することが必要である。
このように事故調査がその目的である同種事故の再発防止の役割を果たしていないばかりか、乗客の安全向上にも役立っていないのが実状である。
1985年8月12日に発生した日航123便事故について1987年6月19日付で事故調査報告書が公表された。この報告書は343頁にのぼる本体と、211頁からなる別冊の付録で構成されている。
この報告書について、作成に当たった事故調査委員会の委員長は自ら70点の出来であると評価していたが、多くの航空関係に働く者から、事実を歪曲した部分のあることや、事故調の急減圧を中心とする推定原因について疑問が出され、一部の航空評論家を除いてほとんど評価されなかった。
そのうえ、この事故に関する刑事責任の追及を担当していた検事が、8.12連絡会(日航123便御遺族の方々の集まり)にこの報告書への疑問を次のように示している。
「修理ミスが事故の原因かどうか相当疑わしいということだ。事故原因にはいろんな説がある。タイ航空機の時には、乗客の耳がキーンとしたと言う声があったが、今回はない。圧力隔壁破壊がいっぺんに起こったかも疑問である。まず、ボーイング社が修理ミスを認めたがこの方が簡単だからだ。落ちた飛行機だけの原因ならいいが、他の飛行機までに及ぶ他の原因となると、全世界のシェアを占めている飛行機の売れ行きも悪くなり、ボーイング社としては打撃をうけるからだ。そこで、いちはやく修理ミスということにした。」と述べている。
このように同じ政府機関からも全く信頼されていない報告書は社会的に容認されるものでなく、再調査が必要である。
この事故調査報告書については、多くの航空関係者から、次の点で事実を曲げてたり、調査を故意に怠っているのではないかとの強い疑問が出されている。
事故調は「4名の生存者以外は即死若しくはそれに近い状態であった」と述べている。しかし、生存者らの証言では墜落後も多くの生存者が存在したことは事実でありこのような事故調の事実に基づかない、事実を歪曲した報告については強い不信感を持つている。
報告書の中には、乗員の酸素マスク着用に関する部分などの急減圧に関する重要な部分や、破壊過程に関する重要な部分である下部方向舵の上面の傷跡などについては、「その理由を明らかに出来なかった」と追求をさけている。これでは事故原因の追究をさけているようにも見られる。
CVRの解読は事故調だけが行ったもので、CVRを音の記録としてこれまで公開されたこともなく、いわば密室での調査である。CVRとFDR(フライトレコーダー)は一般にはブラックボックスと呼ばれているが、その解読、解析はもっぱら事故調の密室で行われているため、最近では真実を隠すための「疑惑のブラックボックス」と呼ぶ人さえ少なくない。123便事故ではこの傾向が顕著で、その事故調の解読にはしばしば変化が見られ、解読の内容が事故調の「隔壁破壊急減圧」説に都合の良い方向に変化しているようにみられる。しかもその解読には、日常乗務している乗員らが意味の分からないものや、どの様に発音していたのか不明な部分が含まれている。
隔壁破壊、急減圧を事故原因にしようとする動きに対して、乗員が酸素マスクを着用していなかった事実から、航空関係者の間では急減圧の存在について疑問がもたれ、123便事故の聴聞会では多くの公述人からそのことが指摘され、マスコミでも急減圧説を主張しているのは事故調だけだとコメントされるに至っていた。事故調が隔壁破壊説を維持するには、急減圧に人間が耐えられること、その後の減圧状態の中でも低酸素症が発生しないことを証明しなければならない状態にあった。
そこで事故調が重要なテストと位置づけてこの試験を行った。
その結果について、被験者本人が報告書と全く逆の結果を日航の乗員らに話した事実があり、この報告書の信憑性に大きな疑問がもたれている。
通常毎分数百フィート程度の気圧の変化で、乗客らは耳に不快感を感じ始めることは航空関係者の間では常識であり、事故調の報告書にある「30万ft/min」の減圧は、乗員らの経験から見れば極めて急激なもので、血液中の窒素が気泡となるなどの危険性があると乗員らは教育されてきた。ところが事故調だけが「人間に嫌悪感や苦痛を与えない」と主張しているが、この事故調の主張を支持する人は、航空関係の専門家では、これまで見られない。明らかに事実を曲げて隔壁破壊説を正当化しようとしているとしか考えられない。
事故調の推定計算では、異常発生時に摂氏25度あった客室内の気温が、異常発生後6秒で操縦室も客室も氷点下40度まで下がったと推定している(報告書付録74頁 付図4)。6秒間で65度の急な低下である。しかし、操縦室でも、客室でも気温の低下についての会話はない、生存された方々からもそのような話はない。このような気温の低下があったことはどこからも確認できない。