第三章 事故調が主張する事故原因についての検討
| 隔壁修理ミス→後部圧力隔壁にクラック→客室の与圧空気が漏れて尾部の非与圧部分の内部圧力を上昇→垂直安定板等を破壊→油圧4系統のパイプを破壊→操縦不能→墜落 |
このシナリオは、事故直後の8月16日に公表されている。この破壊過程では、垂直尾翼の破壊の原因となったエネルギーを客室内の与圧空気の噴出に求めている。この基本的な方向は報告書でも維持されている。
従って、客室内の空気の大量かつ高速の噴出がなければならない。つまり急減圧が尾翼破壊の前提となるが、急減圧の存在が証明されなければこのシナリオは崩壊する。
この筋書きがつくられた頃は、隔壁の復元もまだ行われていない段階で、もちろん海中の破片の回収も行われておらず、日本航空側から偽の「落合証言」が発表されていた状況にあった。
その後は事故調側から流される情報のすべては、このストーリーに沿ったものに限られ、調査もこのストーリーに沿ったものに限られた。相模湾の海底からの破片やAPU(補助動力装置・・機体最後部に装備され事故機では相模湾上空出で機体から脱落した)の回収に積極的でないことを指摘された事故調は、[APUは爆発の可能性がなく、あれ以上の捜査は必要性がなかっただけのことですよ」(悲劇の真相 109頁)と筋書き以外のものは調査の必要がないとの態度を明確にしている。
それとは逆に報告書では「方向舵の残骸は回収されたものが少なく、痕跡B及びCの発生の経緯を明らかにすることは出来なかった。」(報告書59頁)、「垂直尾翼の回収が部分的であるので、垂直尾翼の破壊順序を詳細に特定することは困難である」(報告書69頁)、などと相模湾での残骸回収が不十分であったことを口実に破壊過程の追求を怠っている。聴聞会でも多くの口述人らが相模湾の残骸回収の必要性を述べていたが、この事故調の態度はこの聴聞会を無視したものである。
これでは真の事故原因の究明は不可能である。このような態度は事故調査では許されないものである事は冒頭の山口氏の言葉にもあるとおりである。
このストーリーのキーワードとなっている急減圧の存在については、聴聞会でも日本の乗員組合の連絡会である日乗連をはじめ、航空安全会議、スチュワーデスの組合の連絡会議(客乗連)からも、日本航空の機長らからも疑問が出されていた。これに対して事故調の公表する情報はこれに対抗するかのように、特に急減圧の存在を印象づけるものに重点が置かれていた。
日乗連が指摘した、急減圧の存在を否定する事実については、「2万4千フィートの高度の気圧まで減圧しても、9分間程度は、わずかに機能低下するだけで操縦可能」と減圧の存在のみを強調し、どの程度の急減圧かには全くふれず、しかも事故機の乗員らは2万3千フィート以上を10分、その後2万2千フィート以上を7分間も、操縦かんを力を込めて操作し、速度と姿勢の変化を見ながらエンジンの推力を調節して機体を操作しようと試みていたのである。しかし、テストはわずか9分間だけ、それでも機能低下を認めている。何故事故機と同じ条件で20分程度のテストができないのか? 新聞では見出しだけに「急減圧」の文字を使わせ、急減圧の存在を印象づけようとした(資料15)。
(資料15 新聞記事 急減圧でも操縦可能)
急減圧の存在について事故調側の挙げる証拠を分析・検討し、さらに、急減圧の存在を否定するような事実と、その後発生した大型機の急減圧事故について123便と比較して急減圧の存在について検証する。
これまで急減圧を伴った大型機の事故事例は少なくない。
11750ftを上昇中、後部貨物室のドアーが開き急減圧が発生、高度は低かったが爆発音と霧が発生し機内を風が吹き抜けた。
39000ftの高度を飛行中、#3エンジンが分解し、その破片が客室の窓を破壊した。一名の乗客が窓からすい出され行方不明となった。減圧発生から約10秒後に操縦室内の酸素マスクから酸素が流出し、その音がCVRに記録されている。これは減圧を示す一つの証拠として注目された。
高度33000ftで土佐湾上空を飛行中、機内で手投げ弾が爆発し後部圧力隔壁を破壊、急減圧発生、9秒間で5600ftから20000ftまで減圧、減圧率は約96000ft/minであった。
機内では、操縦士は直ぐに急減圧の発生を認識し、緊急降下を試みている。与圧空気は機内を強い風となって通り抜け、最後部洗面所の化粧台を倒壊させ圧力隔壁後方へ抜けた。搭乗者247名中89名が航空性中耳炎になった。
ホノルルを離陸して22000〜23000ftの間を上昇中異常音とともに、爆発的な急減圧が発生、運航乗務員らは直ちに酸素マスクを着用したが酸素は出てこなかった。直ちに緊急降下を開始しホノルルへ引き返した。原因は前方貨物ドアーが吹き飛び、約14平米の穴があき、それと同時に機内の酸素供給システムが破壊された。
客室内では減圧とともに強い風が客室内を吹き抜け客室乗務員らはものに掴まって吹き飛ばされるのを防いだ。風が治まった後も、機内の騒音が激しく、乗客への着水準備の指示に困難を来した。機内のアナウンス(PAシステム)は騒音のために全く役に立たなかった。減圧に伴って気温が急激に低下し凍えるように寒く感じた。客室の酸素マスクは作動しなかったため客室乗務員らは携帯用酸素ボトルを使用したが、その数が十分でなく、一部の乗員は、酸素不足によるめまいを経験している。
で発生した急減圧事故は、高度37000ftを飛行中後部圧力隔壁が破損し、急減圧が発生した。
乗員らは直ちに酸素マスクを着用し、緊急降下を開始するとともに、急減圧に関するチェックリストを行っている。
緊急降下後ロンドン、ヒースロー空港に無事着陸した。客室内では後部にいた客室乗務員は、鈍い「どーん」という音と同時に、左後部のトイレ付近から空気が流れる音が聞こえた。30〜40秒後に乗客用マスクが落下した。客室内の気圧はこの間に6300ftから最高20500ftまで減圧し、緊急降下によって再び気圧は上昇し、10000ftになっている。
結果的には20000ft以上に56秒間、18000ft以上に2分20秒間あったことが記録されていた。この減圧によって、3名の乗客が激しい頭痛と耳痛を訴え、数人がめまいを訴えた。
後部トイレのパネルが後部圧力隔壁に押し付けられパネルの縁がさけていた。グラスファイバーの断熱材が尾翼の下部の中央付近の点検孔から垂れ下がっているのが見られ、後部圧力隔壁の後方の胴体内部にも多量の断熱材が見られた。
圧力隔壁はその外周の8〜9時の位置の三角のパネルの外周部に2ftと1ft程度の長方形の部分が後方にめくれていた。
これら5件の事故を123便の例と比較すると、次の表のようになる。
日航123便事故 |
その他の大型機減圧事故 |
|
| 機内の音 | 特に感じられなかった (生存者らの口述) |
強い風が吹き抜けた、風のために飛ばされそうになったり、化粧台が破壊された |
| 機内の騒音 | 特に感じられなかった (生存者らの口述) |
気流による騒音が激しく会話できない、PAも役にたたない例もある |
| 減圧の認識 | 異常発生直後には減圧を認識した形跡はない 緊急降下を開始せず |
すぐに減圧を認識し緊急降下 |
| 耳への影響 | エレベーターで経験するのと同じ程度に軽く詰まった感じ (生存者らの口述) |
航空性中耳炎多発 |
| 低酸素症 | ほとんど見られず | 23、000ft付近でも発生 |
| 酸素の噴出 | 全くなし | 操縦室の酸素マスクから酸素が噴出し、その音がCVRに録音された例もある (ナショナル航空DC−10) |
| 気温の低下 | その兆候なし | 気温が急激に低下、凍えるような寒さを訴える |
以上の例から見て、急減圧に伴う現象と見られている、風・騒音・気温の低
下などは123便では見られない。
日本航空では、客室乗務員に対して、急減圧発生に伴う現象として、衝撃音・急激な空気の流れ・霧の発生・ほこり・物体の飛散・そして、14000ft以上の高度の場合のマスクの自動落下の6項目を挙げている。しかし、123便では急激な空気の流れ、ほこり、物体の飛散は見られていない。
乗員らは急減圧を認識していない。異常発生後も 24000ftから2000ft降下を要求しただけで、酸素マスクもつけず緊急降下もしなかった。
霧の発生から見て、また生存者が耳が軽く詰まったと述べていることから見て減圧はあったと見られるが事故調が主張するような急減圧はなかったことは明らかである。
これらの減圧事故の中でも、日航123便と条件が類似しているものに’89年2月24日に発生したUAL811便 B−747ー122型機のハワイ沖の事故がある。減圧が発生した高度は約23000ft付近で、123便と近く、機材もおなじB−747であった。
この事故機の減圧発生時の機内の状況は搭乗していた客室乗務員らによって詳細に明らかにされている。
ここで注目すべきは、急減圧発生時に見られた現象について、チーフパーサーのLAURA
BRENTLINGERをはじめ客室乗務員らはいずれも異口同音に
一方、123便の例では減圧時の騒音、機内の風、気温の低下は見られず、操縦室と客室の間のドアに強度以上の差圧が加わっていたとの事故調の試算にも関わらず、このドアは開いておらず、ギャレードアなどが吹きあけられたのとは全く異なっている。これらは減圧に伴う空気の流れによって生ずる物理的現象であり、811便にだけに発生するものではないし、個人差があると言うわけには行かない現象で、ドアに設計強度以上の差圧が加わったと推定されるのに、ドアが開かなかったのは、科学的に考えれば、ドアが偶然壊れなかったのでなく、推定に誤りがあり推定した差圧より低かったと考えるのが当然ではないだろうか。事故調の考え方は、非科学的である。
811便は減圧後直ちに緊急降下をしている。それでも酸素マスクなしでは酸欠症状が見られる。騒音で会話や叫び声も聞こえないような811便にたいして、123便ではアナウンスや会話も正常に行われ状況はあまりにも異なっている。
’75年1月15日に発生したナショナル航空のDC−10事故ではCVRの記録に特異な音が記録されていた。この音はダグラス社などで分析された結果この音は「操縦室内の酸素マスク(PRESSURE-DEMAND
TYPEと呼ばれる形式の酸素マスクでマスクを着用して吸気するとマスクの内部が減圧する。それに応じて酸素が供給される)から機内の減圧に対応して、酸素が自動的に放出されたために生じた音である」と確認された(資料16)。
| 5. The cockpit flow noise, which gegan about 10 seconds after the start of the massive failure, is similar to the noise made by cockpit pressure-demand oxygen masks discharging automatically in the 100 percent oxygen mode, This is identification is substantiated with a cabin decompression calculation. |
(資料16 DC−10 アルバカーキー事故報告書の一部)
日航で使用しているは操縦席の酸素マスクはPRESSURE-DEMAND TYPEであり、飛行前点検で酸素100%にセットするように定められている。従って、操縦席の気圧が低下した場合には、マスクを着用して吸気したのと同じ条件になり酸素が放出されるはずである。乗員が着用しない状態では酸素マスクから発する音は、マスクの位置等から見て操縦室内の音をCVRに記録するエリアマイクに収録されやすい状態にあるが123便ではその記録がない。
また、エア・カナダのL1011の例は後部圧力隔壁破壊による減圧であり後部にいた乗員が空気の流出音を聴いている。123便ではその記録はない。
以上の通りどこから見てもこれまでの急減圧事故と123便事故は機内の状況がかなり異なっている。事故調の急減圧説は再検討が必要となっている。
以上の7点を挙げている。
他方、急減圧を否定する証拠も少なくない。
このように急減圧を否定する事実も少なくない。
(資料 17)写真ー94 垂直尾翼取付部 胴体フレーム(BS2436〜2460)
胴体フレームの間の補強ビームに塊状の断熱材が認められる。と事故調は説明するが、断熱材の量は異常に少ない。
(資料 18)写真ー97 水平安定板センタ・セクションの中央区画
内部の操縦索に断熱材が付着しているのが認められる。
事故調は報告書のほかに、マスコミ関係者に急減圧があったとする「証拠」を挙げている。ここで示されている「証拠」は、次の2点が航空関係者の間で話題となった。
報告書に記載されている急減圧を推定した根拠について検討を進める。
1.ないし2.の圧力隔壁の破壊などは、墜落時の破壊か、飛行中の破壊か区別できなければ減圧の原因と推定することはできないのは当然である。この破壊が飛行中に発生したか否かは、そのときの機内の状況から推定されなければならない。いかに隔壁に大きな穴があいていたとしても、機内に急減圧の兆候が見られなければそれは異常発生後の破壊とされなければならない。
ここで問題なのは、急減圧であって、単純な減圧ではない。急激な減圧でなければ垂直尾翼は破壊されない。
事故調はこの減圧の程度を約280000ft/min(1分間で28万フィート=約8万5千メーター、言い換えれば、6秒間で8500メーターの山の頂上に-----エベレストの頂上近くに6秒間で-----押し上げられたのと同じ程度の減圧)と推定している。
ここで示されている白い霧やプレレコーデッド・アナウンス、酸素マスクの落下、減圧警報の作動など4.から7.は減圧を推定させる事柄であっても、事故調の推定したような急激な減圧を推定させるものではない。
減圧が在ったことについては乗員も理解できる。これについては乗員もこの事故に関する聴聞会でも緩やかな減圧があったのではないかと口述している。
この点が航空関係者以外には理解しにくい点で、我々が疑問視しているのは単に減圧の存在でなく、急減圧がなかったのではないかとの疑問を呈しているのである。
ここで事故調が挙げている項目のうち急減圧に伴う機内の状況に関する部分についてまず検討してみる。
霧の発生の条件は、気温がそのときの気圧の下での露点温度以下に気温が低下したときに発生する。霧の発生は事故当時の機内の湿度と、気温の低下が重要な要因となる。
’91年9月12日に、日航のボーイング747ー400型機が、試験飛行中に与圧調整装置の異常から、アウトフロー・バルブ(客室空気の排気口、これの開閉により機内の圧力を調整している)が突然開き、フライトレコーダーによると9000ft/minの程度の減圧が発生した。
機内にはこの時も白い霧が発生している。
この事例は、試験飛行中の出来事であり、機内には搭乗者も少なく、湿度は低く、満席で、真夏の積乱雲の多い気象条件の、日航123便に比べて、霧は発生しにくい条件にあったと推定される。
従って、123便における機内の霧の発生は減圧の証拠ではあっても、事故調の推定したような激しい急減圧の証拠ではあり得ない。事故調や一部の評論家は、減圧の証拠を急減圧とすり替えようとしているように見受けられる。
事故調の解読によるとされているCVR記録によると(資料19)「どーん」という異常音の発生は18時24分35.5秒で、その1.5秒後に1秒間だけ警報音が記録されている。
(資料19 報告書CVR解読 18時24分の部分)
この警報音が何の警報音であるか疑問である。CVRが極秘扱いにされているため確認は出来ていない。異常音の発生直後の、18時24分38.9秒に、それまで使用されていた自動操縦装置がオフにされている。自動操縦が切られると必ず警報音が作動するようになっているが、このCVRに記録された警報音が客室の減圧警報であるとすれば、自動操縦の警報音が作動しなかったことになる。自動操縦の警報音は停止することは出来ず、それが作動しなかったとすれば何らかの機構上の不具合が生じていたと見られる。しかし、事故調はこの点について十分な検討を行っていない。
多くの乗員が現在もこの警報音は自動操縦の警報音であると考えている。しかしここでは、客室の減圧警報であると仮定して検討を進める。
客室減圧警報の警報音を発する装置は離陸警報と兼用で、地上では安全な離陸に必要な条件が整っていないときに警告する離陸警報に使用され、空中では客室の減圧警報として使用されている。地上と空中の区別をしているのが4本の主車輪の「ティルト」で、空中にあるときは車輪を4個取り付けた台車(トラック)は油圧によって、それぞれきまった角度に保持されるこれをティルト状態と呼んでいる。地上にあるときは機体の重量によって台車はティルトでなく接地面と平行になる。ティルトでないときは機体の種々の機能の状態は地上モードとなる。
問題なのは空中でティルト状態でなくなった場合で、その場合には離陸警報が作動する(資料20)。
(資料20 ティルト状態の車輪の写真)
離陸警報が作動する条件は、3番エンジン(右内側エンジン)の推力を離陸推量に近い状態にしたとき(事故機の異常発生時の推力設定では作動する状態にあった)、フラップ、スポイラー、水平尾翼の位置、車輪の走向装置等が安全に離陸できる状態にないときに作動する。異常発生時にはフラップは離陸位置になく、ティルトに異常があれば離陸警報が作動する条件にあった。
客室の減圧警報は客室内の気圧が高度1万フィートの高度の気圧より低くなると作動する。
この音がどちらか判断するためにはティルトの状態が鍵を握っている。
事故調でもこの音は、どちらかわからないことを前提に諸条件を解析しているが、その中でティルトの状態について、フライトレコーダーの解読に誤りがある。
問題のティルトの状態は、フライトレコーダーの中にサンプル・レート1(1秒間に1回の記録)で記録されており、事故調の報告書の中にも示されている(資料21 DFDRの一部)。
(報告書DFDRのティルトを含む部分とエラーマーク)
しかし、このディジタル式のフライトレコーダーには多くのエラー部分があった。その中で最後まで解読できなかった部分の一つとして、報告書の付録88頁には、「18時24分35秒ごろに連続3サブ・フレームのエラーマークが残った」と記載されている。
1個のサブフレームは1秒であり、3秒間のエラーつまり解読が不正確な部分が残ったことになる。この部分について事故調は、前後のデーターを挿入することによってその間のデーターを推定することができた
(報告書 付録89頁)としている。しかし、ティルトの記録は量的なものでなく、ティルトか否かのみの記録であり、前後の記録から推定することは意味がない。
従って、18時24分35秒から3秒間のティルトの記録は解読不能と言うことにならざるを得ない。
その結果、18時24分37秒に頃CVRに記録されていると言われる「警報音」はフライト・レコーダー(DFDR)の記録だけでは、離陸警報か、客室減圧警報かは判定がつかない。
これをあえて客室減圧警報音とした事故調の推定には疑問が残る。
客室警報音か否かを決定するには、その他の条件も合わせて検証し判断しなければならない。そこで次に警報音が客室の減圧警報音であると仮定した場合の問題点を検証してみた。
事故調の推定通りに、この一秒の警報音が客室の減圧のものであったとすると何故一秒だけで停止したかが問題となる。
この最も重要と見られる点について報告書は、「その理由を明らかにすることはできなかった」と簡単に述べただけで、解析の努力を放棄している。
一度作動を始めた客室減圧警報を停止させる条件は2つある。一つは客室内の気圧が約一万フィート以下の高度の気圧に上昇すること。第二には航空機関士パネルにある「客室高度警報音停止スイッチ」を作動させることである。
第一の客室の気圧が一度下がって1秒間で再び上昇したとすれば、事故調の考えた急激な減圧は存在しないことになる。そのような減圧と昇圧が生じると、乗客、乗員らに強い鼓膜に異常を感じさせる。しかし、生存者らはいずれも、耳の苦痛は訴えておらず、異常直後の乗員らも通常通りに会話をしている事実から見て、この可能性はない。
第二の機関士が警報音を停止させたとすると、機関士は減圧が生じていることを認識していなければこの操作を行うことはできず、減圧の認識が在れば「ディコンプレッション!」と他の乗員に伝えたはずである。
さらにその後、再び25分04秒から同じ警報音が鳴っているにも関わらず、それを停止させた形跡はない。最初の警報音だけ停止させ、2度目は止めないことは考えられない。
シュミレーターの訓練などである程度減圧警報が作動することが予測されていても、警報を停止するまでには速くとも数秒の時間がかかっている。これは乗員らが訓練でしばしば経験しているところである。1秒間で警報を停止することは極めて困難であり、あり得ないともいえる。
以上の理由から、18時24分37秒から1秒間だけ作動した警報音は客室の減圧警報ではなく、離陸警報として作動したと推定する方が矛盾がない。
事故調は報告書の付録163頁に付図−3に 客室高度及び離陸警報の推定図を示しているが(資料22−1)、何故か異常発生時の記録だけ省略されている。これをFDRの記録に従って訂正すると 資料22−2 のようになる。従って18時24分37秒の警報音は客室高度警報か離陸警報かの区別が付かないとしなければならない。
(資料22−1、2)
この警報音が記録されている18時24分37秒頃の他の情報を点検すると、CVRに、車輪について乗員が注目している会話が記録されている( ( )内は説明)。
18時24分 38秒・・・(発言者不明)・・・内容不明 ('86年3月28日付け事故調の
作成した事実調査報告書の案では機関士とされていた) 39秒・・・(機長) 「なんか爆発したぞ」(報告書の案では「なんか・・・」
とされていた) ・ 42秒・・・(機長)「スコワーク77」(注 緊急信号)
43秒・・・(副操縦士)「ギアドア」 (車輪の収納部のドア) (機長)「ギアみて ギア」 (車輪みて 車輪)
{44秒・・(機関士)「えっ」(機長)「ギア」(報告書の案のみ記載)}
{45秒・・・(副操縦士)「ギア エンジン」(報告書の案のみ)} 46秒・・・(機長)「エンジン?」 (報告書の案では「オッケイ」)
47秒・・・(副操縦士)「スコワーク77」 48秒・・・(機関士)「オールエンジン・・・」
・ 51秒・・・(副操縦士)「これみてくださいよ」(報告書の案では機長 「・・・これみてみろ」であった)
{52秒・・(不明)えっ (報告書の案のみ)} 53秒・・・(機関士)えっ
・ 55秒・・・(機関士)オールエンジン・・・(不確実) ・ 57秒・・・(副操縦士)ハイドロプレッシャみませんか?
・ 59秒・・・(機長)なんか爆発したよ (最後の「よ」の部分は不確実)
・ 18時25分 04秒・・・(機関士)ギア ファイブオフ(車輪の警報灯は5個とも消えている
・・・車輪は収納されている状態を示す)
この会話から異常発生直後に、乗員らは車輪関係に注目している事がわかる。機長席にいた副操縦士が、車輪収納部のドアに注目しているのは、パイロット側の計器パネルにある「ドア・オープンライト」が一時的に点灯したことを推定する乗員が多い。ライトの点灯を見て、副操縦士が「ギアドア」と他の乗員に知らせようとしたと推定するのが自然であろう。
続いて機長が「ギア見て」と発言しているのは、機関士に対して機関士席の計器板にある車輪関係のアナウンシエーター・モジュウル(車輪関係の警報灯などが集められているパネル)を点検するように指示したものと乗員らには受け取られている(資料 23)。
(資料23 F/EパネルのL/Gアナウンシエーター・モジュウル)
これを受けて、機関士はシステムを点検するためのスイッチを操作して確認した後、25分4秒に「ギア ファイブオフ」と答えており、5本の脚(前車輪と主車輪4本)に関係する警報灯がこの時点で点灯していなかったことを示している。
これらの会話から、異常発生の直後、車輪関係に一時的に異常があった疑いが濃く、この異常発生直後に副操縦士が「ハイドロプレッシャみませんか」と油圧の異常を指摘していること、またDFDRのデータによれば(資料
24)、異常発生時に、上下方向の加速度が、一瞬 +0.75Gに下がり、次の瞬間には、機首が1秒間に4.5度(この時点の速度300ノット[時速約560km]から見ると、極めて急激な機首上げで
(資料 24 報告書DFDR VERGとPITCHの拡大図)
高速で走る車が、突然、道路の段差で飛び跳ねたような状態に類似)に跳ね上げられ、2秒後には元の位置に戻っている。その結果、機体には1秒間で約2Gの突き上げられるような加速度を受け、次の瞬間には+0.25Gまで下がっている。その差は−1.7Gに及んでいる。
このように上下方向に大きな加速度を加えると、車輪の位置に異常を来すことは良く知られており、それに加えて油圧(ハイドロ)系統に異常が重なると、ティルトに一時的な異常が生じた可能性は一層高くなる。
そうすれば、一時的に機体が地上にある状態に切り替わり、離陸警報が作動する。
空中でティルトに異常が発生すると、飛行機は空中にあるにも関わらず地上にある状態に切り替えられるため、操縦系統を始め作動条件が切り替えられる。ここで問題なのは、着陸後客室の圧力が外気と等しくなるようにするために(着陸後、機内と機外で圧力差があるとドアが開かなくなることがある、 ’91年9月19日に発生したノースウエスト航空のBー747ー400型機の成田空港における事故では着陸後も客室の与圧が残っていたためにドアの開放が遅れて緊急脱出に手間取った) 飛行機が接地時に、ティルトが外れ与圧装置の気圧調節をしているアウトフローバルブを自動的に開放し、機の内外の圧力差をなくする。空中でティルトに異常が発生すると、空中であるにもかかわらず、地上と同じ状態になるためアウトフローバルブが開放され、減圧が発生する。
これによる事例が実際に発生している。
ボーイング747ー400型機が、飛行中に車輪を降ろしたところ、ティルトが正常の位置からはずれ、機体が地上モードになったために、客室の与圧装置のバルブ(アウトフロー・バルブ)が開き、急減圧ではないが減圧が発生し、緊急降下を行った事例が発生している。この点については後で述べるが、123便事故でもティルトに異常があれば減圧を伴って、離陸警報が作動する。この事故の状況と一致している点が多い。
さらに、’93年8月23日付けで発行された、日本航空の B−747−400の航空機運用規程に関する Bulletin No,73 は「#1または#4油圧系統の圧力が失われた場合の地上モードの異常について」(Hydraulic System
1or4 Depressurization-Ground ModeAnomaly について)によれば「飛行中Hyd
System 1または4(油圧系統1または4)の圧力がなくなると、機体が飛行状態(Flight
Mode)から地上状態(Ground Mode)になる可能性があることが判明した。」(資料25)と記載されている。このBulletinは−400型機のものではあるが、車輪付近の構造は基本的には事故機でも変わりはない。事故機の場合は、すべての系統の油圧が失われ、作動油も失われている。その上約2GものプラスGと強い横揺れを受けた状態ではティルトに異常が生じ、空中で地上モードになった可能性は極めて高いと考えられる。
従って、この1秒間の警報音は離陸警報であり一時的にアウトフローバルブ(客室圧力を調整するバルブ)が開いて客室に一時的な減圧(減圧警報が鳴らない程度の、10000ftまで減圧しない程度の)が発生した蓋然性は高い。これは多くの航空関係者が持つ疑問で、この点について事故調や隔壁破壊急減圧説を主張する「学者」、「評論家」などが全く触れもせず検討しなかったのは不自然と見る者が少なくない。
(資料25 −400AOM)
報告書では、CVRにPRAが録音されていたのは18時25分15秒、25分53秒、27分17秒と28分15秒から始まる4回だけであったと報告書には記載されている。
減圧時には何よりも先に酸素マスクの着用が必要である。酸素不足による機能低下とそれに続く意識の喪失は全く本人が予見できないため、まず酸素マスクを着用する。客室乗務員も減圧時には酸素マスクを着用する必要がある。そのためアナウンスが不可能であるため事前に緊急用PRAとして事前に録音されたテープを使用する。
緊急用PRAの作動開始は、二つの場合があり、第一には客室の気圧が約14000ftの高度の気圧に相当するまで低下すると、客室内の酸素マスクが使用可能な状態になると同時に、乗客への減圧時の指示を録音したテープが作動し始める。
第二には、左最前部ドア付近にあるPRE-RECORDED ANNOUNCEMENTS PANELを操作することによって開始される(資料26)。
(L−1のPRA操作パネル 客室乗務員訓練教材より抜粋)
事故調の推定では、24分38秒に客室の気圧の低下を検出して圧力スイッチが作動し、PRAが作動を開始したとされている。この123便事故の場合は、CVRの解読によれば、18時24分44秒からパーサーが「酸素マスクをつけてください・・・」とアナウンスをしている。
客室の酸素マスクを乗客が使用できるように、座席上部の酸素マスク収納部のドアを開かせマスクを落下させるのは、PRAを作動させる客室の圧力を検出したのと同じ圧力スイッチによって酸素のバルブが開かれ、はじめの7〜15秒間だけ比較的高い圧力の酸素が客室に配管されたパイプに流され、その圧力によって酸素マスクの収納部のふたの止め金がはずされて、酸素マスクが落下して使用状態になる。そのために、圧力スイッチが作動してから酸素マスクが落下するまでには、かなりの時間を要する。このことは機構的に7〜15秒間やや圧力の高い酸素を流すことから見ても推定される。
試験飛行などでの経験から、減圧状態が検知されてから、マスクの落下までに数秒以上の遅れがあると言われている。
18時24分38秒に減圧状態が検知され、圧力スイッチが作動したのであれば、マスクの落下が5秒遅れるとしても、マスクの落下は43秒頃になる。
従って、酸素マスクが落下するとほぼに同時にパーサーがアナウンスを開始したことになる。一般的には、酸素マスクの落下を見て、それでもPRAが開始されないのを認めてから、アナウンスを開始しようとするはずで、その間多少の時間が必要である。そのうえマスクが出たら直ちに着用するように訓練され、PRAがすぐに始まる事をよく知っているはずの、経験豊かなパーサーが、マスクが落下したと同時にマスクをつけずにアナウンスをするという推定は不自然さが残る。このようなパーサーの行動についてどう考えるか、数十人の客室乗務員に質問してみたところ、
「酸素マスクは落下してきたがしばらくしてもPRAが流れてこなかったのではないか、そこで乗客の安全を考えて、酸素マスクをはずして、自らマイクでアナウンスをしたと思う。」とほぼ全員が答えている。
そこで報告書に示された事故調の行ったPRA開始時刻の推定方法を検討してみた。
事故調のPRA開始時刻に関する推定は、報告書の付録158頁に記載されている。以下はその推定に関する部分をそのまま示す。
[報告書の抜粋]
| PRA開始時刻の推定 CVR記録によれば、PRAによる緊急放送は、機長席のトラックに非常に小さな声で録音されていたが、その声は、優先順位の高い客室乗務員(パーサー)の放送によって打ち消された部分や、管制交信との重なりにより聞き取れない部分が多かった。そこで聞き取れた部分(18時25分15秒、25分53秒、27分17秒及び28分15秒から始まる4箇所)から、同緊急放送の開始時刻の推定を行ったところ次のとおりであった。 CVRに記録されたPRAのうち、日本語と英語での放送が完全に1回録音されていた18時27分17秒から始まる部分の録音時間を計測したところ約25.0秒から26.0秒であり、その平均時間は25.5秒で、これは、付録8の1の(1)に前述した録音時間とほぼ一致するものであった。この平均時間を基準にして27分17秒より以前のPRAの回数を算定したところ、付録8の付表ー 2のとおり、この27分17秒より以前のPRAの回数は6回であり、このことから、1回目のPRAの開始は、18時25分44秒頃であることがわかった。 |
付録8 付表−2 18時27分17秒を基準にしたときの緊急放送の繰り返し開始時刻
事故調の推定は以上の通りである。27分17秒からのアナウンスを何故6回目としたのかその根拠が示されていない。ただ単に、PRAの緊急降下のアナウンス一回に要する時間が約25、5秒であるとして、 27分17秒からのものを7回目と仮定すればPRAの開始時刻が事故調のシナリオに一致する、18時24分44秒になるから7回としたとしか考えられない。
28分15秒から始まるものが最後であるとする根拠もない、第一回目は録音が、パーサーのアナウンスも他機との交信もない間にも、全く録音されていないのに、事故調がその間もPRAが放送されていたと推定するのであれば、28分15秒以降にもPRAがあった可能性を否定できない。
また、報告書では「緊急用PRAは、通常自動的に作動する」として手動による操作を考慮していないが、客室乗務員がマスク着用のアナウンスをするのは、「通常」とは考えられず、客室乗務員がPRAパネルを操作して作動させたことも考慮しなければならない。PRAの終了についても手動による操作も考慮しなければならない。
報告書から見る限り、PRAがCVRに記録されているのは25分15秒が初めてであり、それ以前に、「ただいま緊急降下中、マスクをつけてください」の2つの指示が入っているため、実際にPRAが始まったのはその約5秒前と見られ、25分04秒からの警報音の記録を客室の気圧が10000ftまで減圧した警報音とすれば、それに続いて14000ftまで減圧し、PRAが作動し始めたと見ると時間的にも自然な推定であり、こじつけのような事故調の推定よりも理解しやすい。
事故機は異常発生時に、300ktの対気速度で飛行していたが、突然、機首が1秒以下の間に5度も急激に跳ね上げられ、最大1.9G、最小0.25Gと上下方向の加速度の変化を受けている(資料26)。
着陸時にハードランディング(衝撃を感じる着陸)になることがあるが、その場合でも1.9Gもの衝撃を記録することはほとんどない(DC−9等一部の機種では2Gを越えやすいものがあるが、B747は少ない)。1.6G程度でも酸素マスクの収納部のラッチ(止め金)がはずれて、ふたが開きマスクが落下することがある。酸素マスク収納部のドアーのラッチがどの程度のGではずれるかデーターは明らかにできなかったが、乗員らの経験から同型機では2Gならばほとんどの酸素マスクが落下するものと理解されている。
’90年3月24日発生したキャセイ航空のロッキード1011型機の成田空港におけるハードランディング事故では、2.5Gの衝撃が記録された。その結果機内では「数個の酸素マスクが降り、多くのオーバーヘッド・ストウェッジ(天井収納棚)の蓋が開き、また破損した個所もあった。」と報告されている。日航123便で機内の天井付近で破壊が見られたのも、過大なGの結果である可能性が推定される。
酸素マスクの落下が、衝撃によるものであれば、圧力スイッチで作動するPRAが作動しないで、マスクだけ落下することもあり得る。衝撃による落下の場合には、24分35秒ごろ異常発生とほぼ同時にマスクが落下し、それを目撃したパーサーがPRAが作動しないために24分44秒頃にアナウンスを開始したとすれば時間的な経過には不自然さがない。
事故調が推定しているように、酸素マスクが出たが酸素が流れなかったとしたら(酸素が流れているか否かを短時間で判断することは困難、これについては後述)上下の加速度によってマスクが落下した可能性は高くなる。
以上これまで点検してきたとおり機内の状況を見る限り、123便では減圧はあったと見られるものの事故調の推定した程度の急減圧が発生した形跡はない。事故機に急減圧があったとすれば、その機内の圧力は資料28−1に示すように意識を失う危険が高かったことになる。
資料 28−1 各高度における有効意識時間と意識消失時間
この事故に関する聴聞会で乗員らが指摘していたのは、事故機の乗員らが酸素マスクをつけずに20分近くも高度2万フィート以上を飛行し続けていた事実である。減圧があったとしたら乗員には低酸素症の兆候が見られたはずで、それが見られないのは減圧がなかったからではないかという、減圧への疑問であった。
これに対して、事故調は「隔壁主因」説を補強するために、航空自衛隊の航空医学実験隊の減圧室を使って、事故機と同じような形で減圧させその中で9分間は酸素マスクをつけなくてもわずかしか低酸素症による機能低下は見られないと公表した(資料16 読売新聞昭和61年8月7日付)。
事故調は報告書の中で急減圧と低酸素条件下での人間への影響を調査するために、二回の試験を行い、それに基づいて「事故機に生じたと見られる程度の減圧(注 約30万ft/min程度の減圧とそれに続く約20分間の2万ft以上の飛行)は人間に対して直ちに嫌悪感や苦痛を与えるものではない」(報告書115頁)と結論づけている。
事故調の行った試験は資料28のグラフに示したように、事故機の条件とは異なり時間的にも短いものである。
試験1として報告書に記載されているのは、被験者2名が酸素マスクをつけて、8分間をかけて24000ftまで気圧を下げ(事故調の推定は事故機では5〜6秒間で24000ftまで減圧)、その後二人の被験者が交代に、一人12分間だけマスクをはずしたとしている。事故機は20000ft以上の高度に18分以上あったのに比べると2/3だけの時間、しかも急減圧があれば低酸素症が早く現れる事が一般に知られている。このテストでは8分間でゆっくりと減圧させている。これでは事故機に急減圧があっても操縦が不可能となるような低酸素症が生じないとする根拠とは全くなっていない。
(資料28 報告書付録 10 付図2 試験2における減圧パターン)
試験2の急減圧実験は後述の通り疑問がある。この時同時に行われた実験では2名の同乗者が事故機の約半分の時間に当たる10分間だけ酸素マスクをとりはずして高度20000ft以上の中で作業をしたが多少の低酸素症と見られる兆候が見られた程度であったとされている。
その上、報告書では、この急減圧実験では事前に酸素吸入を行い、血液中の窒素を減少させてから実験を行っている。
低酸素症についての実験でも、事故機で発生していると事故調が推定した条件の2ないし3分の1の時間しかテストをしていない。
これだけの実験で、事故機で発生した減圧下でも酸素マスクなしでも意識を失わず操縦が可能であるとの結論を導くのは明らかな誤りである。
試験2の急減圧実験では、被験者1名は酸素マスクを終始着用せず、同乗者3名はマスクを着用し、事故機で発生したと事故調が推定しているのと同じような(約30万ft/min)程度の急減圧、650ftの高度に等しい気圧から約5秒間で24000ftまで減圧させ、20分間にわたり20000ft以上の高度を維持した。
その結果「被験者には急減圧による格別の症状は認められなかった。その後低酸素症と見られる軽度の変化が見られた」と報告書は記載している。
前述したように、この実験の唯一の被験者は、本人が直接日航の乗員らに対して、’86年11月25日、この実験結果について次のように語っている(資料7)。
「実験は650ftの高度に相当する気圧から、24000ftの気圧まで、7秒で減圧させる計画であったが、実際には5.3秒で減圧した。肺の空気が激しく吸い出され、すぐに視野が暗くなるなどの酸欠症状が現れたため、直ちに酸素マスクを着用しなければならなかった。」
この被験者の話は多くの乗員が知っている。
この部分の報告書の記載が事実でないと多くの人が受けとめ、事故調の報告書に強い疑念を抱いている。
航空局の監修のもと操縦士協会が作成したAIM JAPAN(AIRMAN'S INFORMATION MANUL JAPAN)9ー7頁 952[高高度の影響](資料 29)でも、
(資料29)
「20000ftの高度では5〜12分間で修正操作と回避操作を行う能力が失われてしまい、まもなく失神する。」
と明記されている。ところが123便では異常発生(事故調のいう急減圧発生)から10〜12分経過した35分から37分にかけて[EPR(エンジン推力)の操作によりフゴイド運動が若干減少した]と報告書に記載されており、機長らはこれまでに経験したことのないエンジン推力のみによる激しいフゴイド運動の修正操作を見事に行っている。このように修正操作の能力が失われないばかりか、経験したことのないエンジンだけによる修正操作を学習していた。その後も失神せず減圧の影響が見られない(資料30)。
(資料 30 報告書291頁 35分〜37分頃の部分 1/4頁)
事故調は「報告書3.1.11の試験結果にも見られるように個人差はあるものの同機に発生した程度の減圧は人間に対して直ちに嫌悪感や苦痛を与えるものではないので、・・・・」と報告書115頁で述べている。このように事故調の行った実験は、結果に疑惑のもたれている急減圧実験を除いてはいずれも、事故機の条件とは異なって減圧としては軽度の実験であり、その結果をもって直ちに人間に嫌悪感や苦痛を与えないとの結論は出し得ない。明らかに誤りでありこの点は再調査しなければならない。事故調自身が事故機に発生した程度の減圧が人間に対して嫌悪感も苦痛もない程度の危険のないものであると確信しているのであれば、何故同じ条件で実験できないのか、同じ条件では被験者らに意識の喪失などの重大な低酸素症が現れることを承知していたものと見られているのもやむを得ない。
この点については、再度公開で実験することによって、容易にどちらが真実か確認できることであり、公開での実験が不可欠となっている。
日航の機長組合を始め、関係労組が大型機における急減圧について労使で再検討することを要求しているが、企業側は応じていない。
また事故調の所属する運輸省の労働組合も参加している航空関係の労働組合で結成している(1966年2月4日の全日空東京湾事故を契機に結成された)航空安全会議でも運輸省に公開実験を要求しているが拒否されている。
ボーイング747型機の胴体最後部の与圧されていない部分はSECTION48と呼ばれている。この部分には補助動力装置(APU)がその中に装備されている。ボーイング社のフェイルセーフに関する資料によれば、APU部分を含めてこの部分の設計最終強度は1.5psiとされている。APUから配管されている高圧空気(PNUEUMATIC
AIR)の破損した場合にセクション48全体の破壊を防止するため、フェイルセイフ(破壊を限定させるための設計上の対策)としてプレッシャー・レリーフ・ドアが装備されており、1.0psiの差圧で開放され、セクション48の内圧が1.5psiを越えないように作られている。APUの高圧空気ダクトの破裂によって、1.4psiまで内圧が上昇すると計算され、それにダイナミックファクターとして15%増しの1.61psiの静的最終強度をフェイルセーフ強度としている。
事故調は垂直尾翼の損壊について報告書(107頁)では
[プレッシャーレリーフ・ドアが開口し,APU防火壁が破れて尾部胴体後部から外部へ空気が流出しても、なお尾部胴体前部及びこれと通じている垂直尾翼の内部の圧力は上昇し、圧力が4psi程度上昇した時に垂直尾翼の破壊がアフト・トルクボックスのストリンガーとリブコードの取付部において始まったと推定される。]としながらも[破壊過程の詳細を特定することは出来なかった。]と破壊過程は十分に検討されていない。
垂直尾翼の破壊が、静的内圧4psi程度に上昇した時に始まったとするのであれば、セクション48の強度が1.5psi程度であれば垂直尾翼の破壊以前にAPUを含む胴体最後部が大きく破壊され、垂直尾翼の内圧が4psiに上昇しないことが推定される。
この点についても再検討が必要である。
後部圧力隔壁については、空中で8.66psiの差圧で破壊したにしては開口部が小さすぎるとの指摘が整備関係者や他の急減圧事故例に比較して破壊が少ないと指摘するものが少なくなかった。特に、後部圧力隔壁の後方に噴出している断熱材などの量が、垂直尾翼を数秒で破壊したほどの大量の空気の流れがあったとするには、あまりにも少ない。事故調の試算でも胴体の断面積を19.6m2として胴体内の風速は10m/sとされている。従って圧力隔壁の開口部が1.8m2であれば開口部付近は100m/s程度の速度にならざるを得ない。それにしては報告書の写真94〜98に示されているように、隔壁後方で発見された断熱材は極めて微量でしかない。従って後部圧力隔壁の破壊は空中でなく、山に激突したときに、前部胴体内の空気が胴体の破壊に伴って後部客室内の圧力を高め、墜落の衝撃などにより生じた後部圧力隔壁の亀裂と変形した部分から後方に飛散したものと推定することも可能であり、これを否定できるものはない。